おはんでごジョイます。
10月も本日で終わり。
2009年も残り2ヶ月ですか。
さくらだでございます。
あ、
1週間もブログを休むなど、
始めて以来、初めてのことでございますな。(笑
さて、本日は長いですぞ。
昨年12月31日のことだった。バク・リュウで一人の若い女が自殺した。家の裏庭に丸太を積み、ガソリンをかけて火を放ち、とびこんだのである。
彼女グェン・チュー・ハンは23歳で、夫もあり、当時1歳の子もあった。近所には陽気で美しい女として知られていた。しかし彼女は生まれはバク・リュウではなく、ビン・ロンの村だった。15年前、彼女が8歳のとき、叛乱があって村が破壊された。苛烈なインドシナ戦争の無数の作戦の一つであろうと思われる。激しい夜間訓練がおこなわれ、村民ちりぢりになって逃げた。8歳の少女であった彼女も父母に別れ、体ひとつで村から逃げ出した。
その後彼女は父母兄弟にめぐり会うことができず、街道から街道へ浮浪児としてさまよい歩いた。物乞いして垢まみれになってさまよううち、子どものない老夫婦に拾われ、養女として育てられることになった。バク・リュウにその後一家は移住し、やがて夫と知りあい、結婚した。
それまでにどうしてわからなかったのかが私には不思議に思えるのであるが、ひょっとしたらグェン・チュー・ハン女はその夜よほどくわしく深く時間の荒野をさかのぼることができたのであろう。12月30日の夕方、子供の体を洗いながら夫とおたがいの幼年時代のことを話し合ううちに、ハン女はまぎれもなく夫が15年前に行方不明になった兄であるということを発見した。のこされた遺書によると、彼女はその場で失神し、さめたときによるおそく自殺を決意したとある。
翌日、ハン女は裏庭に丸太を積み、ガソリンをかけて火を放ち、眼をとじてとびこんだ。
「運命は残酷ですけれど、はずかしさがたまらないのです」
遺書にはそのような意味の一行が書きとめてあった。
この話は、
開高健の「ベトナム戦記」の中の
開高がベトナム人から聞いた挿話として書かれてあるんだけれど。
2006.2.7から始めました
この“JOY STICK Web Log”
「さくらだ」は、ここで
たくさんの人とつながりをもちました。
わたくしにとってはどれもどれも
素晴らしいつながりであったと、今も思っています。
毎日ページを開いて下さったみなさん、
本当にありがとうごジョイました。
みなさんのコメントに喜んだり、励まされたり、考えさせられたり、
ずいぶんとジョイジョイさせていただきました。
10月31日、本日をもって
「さくらだ」はJOY STICK Web Logに
記事を書かないことを決意いたしました。
「つながる」ことは、すべてがよいこととは限らず
つながってしまったことによって
壊れてしまうこともあります。
グェン・チュー・ハンは、
夫とつながったから幸せになって
想い出とつながらなかったらそのまま幸せに生きられた
のかも知れません。
分からないけれど。
「さくらだ」は書きませんが
明日からは
サナダくんやキタジマくんやキクチくん
そして今まではタダの読者だった
ジョイスティッカーのみなさんが
この“JOY STICK Web Log”を
作ってくれるでしょう。
ジョイスティッカーのみなさんも
遠慮せずにどんどんメール下さい。
わたくしがこのブログにアップしますから。
ほぼ毎日とは行かないでしょうが(笑
もちろん、
ジョイスティックのライブ情報も今まで通り
アップしていきます。
さっきも書いたように
ここでの出会いは
わたくしにとって素晴らしい宝物です。
本当に感謝しております。
それでは・・・・
日本語で一番美しい言葉でお別れするとしましょうか。
「ジョジョイのジョイ!」
いや、
「さようなら!」
あなたの記事もジョイスティックブログに載せて伝えよう!
★JOY STICK MAIL